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〔歌手〕
井沢八郎

(いざわ はちろう)



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井沢八郎


歌手概要
 井沢八郎さんは、昭和期に活躍した青森県出身の演歌・歌謡曲歌手です。1963年に『男船』でデビューしました。

 翌年の『あゝ上野駅』が、高度経済成長期を象徴する集団就職者たちの「心の応援歌」として爆発的なヒットを記録しました。

 伸びやかで張りのある高音の歌声と、望郷の念を込めた情緒豊かな歌唱が特徴です。生涯を通じて庶民の哀愁や故郷への想いを歌い続け、戦後日本の歌謡史に大きな足跡を残しました。



歌風と特徴
 井沢八郎さんの最大の魅力は、「突き抜けるような高音」と「哀愁を帯びたビブラート」の両立にあります。

 彼の声は非常に明瞭で、特に故郷を想う歌詞における感情の乗せ方は、当時の上京者たちの心に強く響きました。

 素朴で誠実な人柄がにじみ出るような歌唱スタイルであり、派手な演出よりも歌のメッセージ性を重視する正統派の歌手として知られていました。


代表曲
 

 『あゝ上野駅』は、井沢八郎の代名詞とも言える最大のヒット曲。集団就職で東北から上京した若者たちのバイブルとなりました。

 この曲は、単なる流行歌を超えた社会現象となりました。当時、東北地方から集団就職列車で上野駅に降り立った少年少女にとって、この曲は自分たちの境遇を代弁する存在でした。

 井沢自身も青森出身であったことから、歌い手と聴き手の間に強固な共感が生まれました。現在でも上野駅の歌碑の前では、当時を懐かしむ多くの人々が足を止めています。


●代表曲
『あゝ上野駅』
『男船』
『北海の満月』

●その他の曲
『男の涙』
『男の盃』
『そっとひとりで』
『東京の星空』
『雪国育ち』
『星下のマドロス』
『別れ雪』
『真赤な友情』
『星の夜北へ帰る』

●カバー曲
『かえり船』(原曲:田端義夫)
『上海帰りのリル』(原曲:津村謙)
『高原列車は行く』(原曲:岡本敦郎)

受賞暦・紅白出場回数
 
受賞歴

 没後、青森県民駅伝のゲストや地元での活動が評価され、また故郷への多大な貢献から、2003年には上野駅広小路口に「あゝ上野駅」の歌碑が建立されました。

NHK紅白歌合戦

 NHK紅白歌合戦へは、計1回出場(1965年・第16回)。曲目は『あゝ上野駅』でした。


その他のエピソード
 
『あゝ上野駅』の社会的影響

 この曲は、単なる流行歌を超えた社会現象となりました。当時、東北地方から集団就職列車で上野駅に降り立った少年少女にとって、この曲は自分たちの境遇を代弁する存在でした。

 井沢自身も青森出身であったことから、歌い手と聴き手の間に強固な共感が生まれました。現在でも上野駅の歌碑の前では、当時を懐かしむ多くの人々が足を止めています。

家族と晩年

 私生活では、女優の工藤夕貴さんの実父としても知られています。

 晩年は病との闘いもありましたが、最期まで歌手としての誇りを持ち続けていました。彼の死後、工藤夕貴さんが父の代表曲を歌い継ぐ姿も話題となり、世代を超えてその楽曲は愛され続けています。

趣味と人柄

 非常に手先が器用で、工作やメカに強い一面もあったと言われています。

 また、自身の出身地である青森に対する愛着が非常に強く、地元の祭りや行事にも積極的に関わるなど、義理堅く人情味あふれる性格で多くのファンや同僚から慕われました。


曲名リスト 〔情:歌手情報〕〔探:探索〕〔歌:歌唱〕〔英文字 ABC…Z:カラオケ〕
〔井沢八郎〕 歌手本人情報 この歌手やグループの歌唱風景、カラオケ、その他情報

ほ・ 北海の満月 探索歌唱:夏目ロデ歌唱:Pyrenees Greatkyozan アーアーアー アーアーアー 井沢八郎

基本プロフィール 〔井沢八郎〕の基本プロフィール
出身地  青森県弘前市
生年月日  1937年(昭和12年)12月15日
没年  2007年(平成19年)1月17日(69歳没)