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〔歌手〕
藤本二三吉

(ふじもと ふみきち)



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● 藤本二三吉 ●


歌手概要
 藤本二三吉さんは、東京・浅草出身の昭和初期を代表する人気歌手です。

 芸者として身を立て、「鶯芸者」と称されるほどの美声で、端唄、小唄、流行歌、新民謡など幅広いジャンルを歌い上げました。

 昭和4年にビクター専属となり、『祇園小唄』や『浪花小唄」などの大ヒット曲を連発し、昭和初期の歌謡界を牽引しました。

 昭和43年には紫綬褒章を受章するなど、邦楽と流行歌の架け橋として大きな功績を残した偉大な歌手です。


歌風と特徴
 生粋の「江戸っ子」であり、幼少期から常磐津や長唄、清元などの邦楽を本格的に学んで育ちました。

 その下地から生まれる澄んだ美声は「鶯芸者」と評され、当時の流行歌に邦楽の粋と洗練された情緒を吹き込みました。

 芸者出身ならではの艶のある歌唱力と、大衆の心を掴む親しみやすさを兼ね備えており、単なる流行歌手にとどまらない、伝統的な「唄」の体現者として高く評価されました。


代表曲
 

『祇園小唄』は、京都・祇園の四季の移ろいや情緒あふれる艶やかな情景を描いた昭和の名作。優雅で哀愁を帯びたメロディーが魅力です。

『浪花小唄』は、大阪の街並みや道頓堀などの風情を明るくリズミカルに歌い上げた、当時のモダンな雰囲気が漂う大人気の流行歌です。

『侍ニッポン』は、勇壮で気風のいい男の気概を歌い上げたヒット曲。凛とした力強さと時代背景を感じさせる引き締まったメロディーが特徴です。

『丸ノ内音頭』は、東京・丸ノ内の発展を記念して作られた盆踊り歌。日本初の「都市の音頭」として、明るく軽快に大都会の華やかさを伝えます。


●代表曲
『祇園小唄』
『浪花小唄』
『侍ニッポン』
『唐人お吉の唄(明烏篇)』
『唐人お吉の唄(黒船篇)』
『丸ノ内音頭』

●その他の曲
『女給の唄』
『出世小唄』
『かんざし小唄』
『浮名三味線』
『三味線小唄』
『大辻司郎の歌』
『新祇園小唄』
『明治一代女』
『隅田慕情』
『お吉小唄』

●カバー曲
『酒は涙か提灯か』(原曲:藤山一郎)

受賞暦・紅白出場回数
 
受賞歴

 ・紫綬褒章(昭和43年/1968年受章)

NHK紅白歌合戦

 NHK紅白歌合戦への出場歴はありません。

 藤本二三吉の全盛期は昭和初期から戦前であり、現在のNHK紅白歌合戦が開始された時期とは異なります。

 なお、藤本二三吉の義理の娘である歌手「藤本二三代」は紅白歌合戦に4回出場しており、名前が似ているため混同されることがありますが、別の人物です。


その他のエピソード
 
芸者からの転身

 12歳で千葉で半玉となり、その後、日本橋葭町(よしちょう)で芸者として活躍。その人気と実力が認められ、レコード界へと進出しました。

幅広い支持

 作曲家の佐々紅華や作詞家の西条八十など、当時のトップクリエイターたちがこぞって彼女のために曲を書きました。

現代への影響

 彼女が歌った「祇園小唄」などは、後世のアーティスト(サザンオールスターズの桑田佳祐など)にも愛され、カバーされるなど、昭和歌謡のスタンダードとして今なお息づいています。

レコード歌手の先駆者

 昭和3年にビクター、昭和8年にコロムビア(当時の日蓄)へ移籍するなど、レコード産業が発展していく過程において、最も初期かつ成功した「レコード歌手」の一人と言えます。


曲名リスト ◆〔情:歌手情報〕〔探:探索〕〔歌:歌唱〕〔英文字 ABC…Z:カラオケ〕
〔藤本二三吉〕 歌手本人情報 この歌手やグループの歌唱風景、カラオケ、その他情報

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基本プロフィール ◆〔藤本二三吉〕の基本プロフィール
出身地  東京市浅草区(現・東京都台東区)
生年月日  1897年(明治30年)11月23日
没年  1976年(昭和51年)10月29日(享年78歳)