彼女は、渡辺プロダクションで約1年間のレッスンの後、1962年には「ボサノバ娘」というキャッチフレーズで『ボッサ・ノバでキッス』を歌ってキングレコードよりデビューを果たし、歌手として本格的な活動を始めることとなった。
1963年7月に「夢であいましょう」の今月の歌として『こんにちは赤ちゃん』を歌い、超大ヒットを飛ば、同年12月の第5回日本レコード大賞の大賞を受賞する。そして「第14回NHK紅白歌合戦」への初出場も果たし、人気歌手としての不動の地位を築く。
この曲は、1964年3月に行われた第36回選抜高校野球大会の開会式入場行進曲に採用されている。更に、1964年5月には、椿山荘で開かれた学習院初等科同窓会に招待され、昭和天皇の御前でこの歌を披露し、明治時代以降において日本芸能界初の天覧歌謡曲の栄誉を得たことで知られる。
その後は、1969年の「第20回NHK紅白歌合戦」まで7年連続出場するなどの記録を残す。
彼女の持ち歌は多数あるが、人気のヒット曲には次のような曲目がある。
『二人でお酒を』 『メランコリー』
『よろしかったら』 『こんにちは赤ちゃん』
『小心者』 『淋しがりや』
『忘れな草をあなたに』『渚のセニョリータ』
『あかいサルビア』 『二日酔い』
『この胸のときめきを』『お嫁さん』
『リリー・マルレーン』『銀河系まで飛んでいけ!』
『リンデンバウムの歌』『淋しい兎を追いかけないで』
『女たちのキイワード』『ねむの木の子守歌』
『ヘイ・ポーラ』
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