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〔歌手〕
ジェリー藤尾

(じぇりー ふじお)



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● ジェリー藤尾 ●


歌手概要
 ジェリー藤尾さんは、昭和を代表する歌手・俳優・タレントです。

 日本人の父とイギリス人の母の間に上海で生まれ、戦後、ジャズ喫茶やウエスタンカーニバルで歌手デビューしました。

 1962年に永六輔・中村八大コンビによる『遠くへ行きたい』が社会現象を巻き起こす大ヒットとなり、お茶の間のスターとなりました。

 晩年まで温かい歌声で親しまれ、福祉活動や講演にも尽力した多才なエンターテイナーです。



歌風と特徴
 甘く深みのあるバリトンボイスと、日本人離れした確かなリズム感が特徴です。

 デビュー当時はリトル・リチャードの楽曲を得意とするなど、黒人音楽の影響を感じさせる力強い歌唱(いわゆる“黒っぽさ”)で注目されました。

 後に「遠くへ行きたい」に代表されるような、日本語の美しさを大切にする叙情的な歌唱へとスタイルを広げ、童謡や唱歌も愛唱しました。


代表曲
 

 『遠くへ行きたい』は、永六輔・中村八大コンビによる名曲。見知らぬ街への旅情と郷愁を、ジェリー藤尾の温かく味わい深い歌声で情感豊かに歌い上げています。

 『イムジン河』は、南北に分断された朝鮮半島を流れる川を題材にした民謡。故郷への切ない思いと平和への願いが込められた、胸に迫る哀愁の一曲です。

 『悲しきインディアン』は、アメリカ民謡をベースにしたポップス歌謡。軽快なリズムにのせて、哀愁とユーモアを交えながら魅力的に表現しています。

 『ダニー・ボーイ』は、アイルランドの伝統民謡をカバー。深みのある低音ヴォイスで、旅立つ子を思う親の深い情愛と切ない祈りをしっとりと歌い上げています。


●代表曲
『遠くへ行きたい』
『イムジン河』
『悲しきインディアン』
『ダニー・ボーイ』

●その他の曲
『誰かと誰かが』
『ヤング・ガイ!』
『ダッフル・コートの恋』
『裸足のブルース』
『パパと踊ろう』
『二人の渚』
『忘れないで』
『だから愛して』

●カバー曲
『パパとワルツを踊ろう』(原曲:アメリカの楽曲)

受賞暦・紅白出場回数
 
受賞歴

 1962年、楽曲『遠くへ行きたい』が第4回日本レコード大賞の作曲賞を受賞(作曲:中村八大)。また、自身も同賞の歌唱賞候補に挙がるなど高く評価されました。

NHK紅白歌合戦

 NHK紅白歌合戦への出場回数は、通算3回です。
 (1961年、1962年、1963年)。

 1962年には代表曲『遠くへ行きたい』を披露しています。


その他のエピソード
 
波乱の少年時代

 日本人の父とイギリス人の母を持ち、戦後の混乱期にはハーフであることによる差別を経験しました。

 一時は新宿の「愚連隊」として名を馳せるほど荒れた時期もありましたが、音楽の道に進むことで更生しました。

家族との活動

 元妻の渡辺友子さん、娘二人とともに「ジェリー藤尾一家」としてテレビ番組『オールスター家族対抗歌合戦』などで活躍し、理想のファミリー像としてお茶の間の人気を博しました。

社会貢献

 晩年は、自身の生い立ちに基づく人権講演や、刑務所への慰問といった福祉活動に非常に熱心に取り組んでいました。

潔い晩年

 娘たちが自立した後、「将来子供に迷惑をかけたくない」という信念から、千葉市内の有料老人ホームへ自ら転居し、独身生活を送りながら歌手活動を続けていました。


曲名リスト ◆〔情:歌手情報〕〔探:探索〕〔歌:歌唱〕〔英文字 ABC…Z:カラオケ〕
〔ジェリー藤尾〕 歌手本人情報 この歌手やグループの歌唱風景、カラオケ、その他情報

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基本プロフィール ◆〔ジェリー藤尾〕の基本プロフィール
出身地  中華民国・上海市(租界生まれ)
生年月日  1940年(昭和15年)6月26日
没年  2021年(令和3年)8月14日(満81歳没)