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〔歌手〕
松原操

(まつばら みさお)



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松原操


歌手概要
松原操(1911年-1984年)は、北海道小樽市出身の歌手です。昭和初期に覆面歌手「ミス・コロムビア」としてデビューし、『十九の春』や夫・霧島昇とのデュエット『旅の夜風』の大ヒットで一世を風靡しました。清楚で美しい歌声は多くの人々に愛され、昭和の歌謡史を代表する女性歌手として活躍しました。夫の死からわずか2ヶ月後に後を追うように亡くなった、深い愛のエピソードでも知られる伝説的な歌姫です。(200文字)



歌風と特徴
東京音楽学校(現在の東京芸術大学)で学んだ正統派の音楽的素養に裏打ちされた、透明感のある清らかな歌声が最大の特徴です。デビュー当時は学業との兼ね合いから「ミス・コロムビア」という覆面歌手として活動しましたが、その清楚で凛とした歌唱スタイルは、戦前・戦中の大衆に絶大な人気を博しました。戦後は本名の松原操として、円熟味を増した歌唱で夫の霧島昇と共に多くのデュエット曲を残しました。


代表曲
 


●代表曲
『旅の夜風』
『愛染夜曲』
『一杯のコーヒーから』
『三百六十五夜』

●その他の曲
『悲しき玩具』
『悲しき子守唄』
『秋の銀座』
『月のキャンプ』
『祖国の母』
『愛染草紙』
『お島千太郎旅唄』
『青い背広で』
『明日はお立ち台』

●カバー曲
 カバー曲はありません。

受賞暦・紅白出場回数
 
受賞歴

受賞歴・NHK紅白出場回数 受賞歴: 霧島昇・松原操の夫妻として長く活躍し、日本歌謡史における多大な功績が認められています。

NHK紅白歌合戦

NHK紅白出場回数: NHK紅白歌合戦には、第1回(1951年)に出場経験があります。


その他のエピソード
 
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松原操の人生を語る上で欠かせないのが、夫である歌手・霧島昇との「おしどり夫婦」としての絆です。二人は昭和の歌謡界を代表するスターカップルでしたが、私生活でも深い愛情で結ばれていました。 1984年4月、夫の霧島昇が胃癌により69歳で他界した際、当時自身も別々の病院に入院中だった松原は、病身を押して葬儀を執り行いました。夫の遺体にすがりつき「パパ、置いていかないで。私も連れてって!」と号泣したというエピソードは、今も語り継がれています。その悲しみの深さを物語るかのように、霧島昇の四十九日の法要を終えたわずか一週間後、彼女自身も夫の後を追うようにして息を引き取りました。このあまりにも切なくドラマチックな最期は、二人のファンや関係者に大きな衝撃を与え、現在も「昭和の伝説的なおしどり夫婦」として記憶されています。 霧島・松原夫妻の子供たち(長男の坂本紀男、三女の大滝てる子)も音楽の道を歩み、両親のヒット曲を現在も歌い継いでいます。特に大滝てる子は、母の芸名である「松原操」の名を継承して活動しています。

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曲名リスト 〔情:歌手情報〕〔探:探索〕〔歌:歌唱〕〔英文字 ABC…Z:カラオケ〕
〔松原操〕 歌手本人情報 この歌手やグループの歌唱風景、カラオケ、その他情報

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基本プロフィール 〔松原操〕の基本プロフィール
出身地  北海道小樽区(現在の小樽市)
生年月日  1911年(明治44年)3月28日
没年  1984年(昭和59年)6月19日(73歳没)