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〔歌手〕
トニー谷

(とにー たに)



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● トニー谷 ●


歌手概要
 トニー谷さんは、東京出身のヴォードヴィリアンです。ソロバンを楽器のようにかき鳴らしながら珍奇な芸を披露して商売していた。奇妙な英語のような単語を創りだし、「トニングリッシュ」と呼ばれていた。

 短めなオールバックにちょび髭、独特のロイドめがねがトレードマークだった。

 幼少期から成人するまで複雑な家庭環境で育ち、苦労を重ねたとされるが、少年期には下町の算盤塾で学び、学業成績も優秀だったという。

 戦時中には召集され近衛歩兵1連隊に入隊するなど兵役を務めた。出征中に最初の妻は1945年3月10日の東京大空襲で行方不明となっている。

 終戦後1945年12月に復員し、現在の東京宝塚劇場に就職し、大道具関係の仕事をしていた。やがて進駐軍のアメリカ赤十字クラブが開設されると、進駐軍相手の慰問芸能団編成に関わり、有名な芸能人達とのコネを築いたとされている。

 記録では、トニー谷は、一族との付き合いは一切拒否していたとされている。しかし、私の知人に彼をおじさんと呼ぶ親戚がいて、この人の話だと、そうでもなかったようだ。

 一族が集まると、トニー谷よりもっと上に当たる叔父がいるにも関わらず、トニー谷がいつも上席に座り威張っていて、子供心に不思議だなと思っていたそうである。


歌風と特徴
 トニー谷さんの最大の特徴は、独自の「トニングリッシュ」と呼ばれる、変てこなカタコト英語と日本語をミックスさせたおしゃべりや歌唱スタイルです。

 オールバックにフォックス型の白いメガネ、口ひげというエキセンクリックな出で立ちで、最大の武器である「ソロバン」をジャズのパーカッション(打楽器)のようにチャカチャカと激しくかき鳴らしながらリズムを取りました。

 当時は最先端だったジャズやリズム歌謡、マンボやチャチャチャの軽快なビートに乗り、社会風刺やナンセンスなギャグを早口でまくしたてるスタイルは非常に斬新でした。

 客席を「レディース&ジェントルメン、アンドおとっつぁん、おっかさん!」と煽り、気に入らないと「バッカじゃなかろか!」と一喝する、毒舌と洒脱さを併せ持った唯一無二のパフォーマンスが特徴です。


代表曲・その他の曲
 

 『さいざんす・マンボ』は、「おこんばんわ」「ざんす」といった独自のトニー語と、リズミカルなマンボの旋律が融合した昭和の大ヒットコミックソングです。

 『そろばんチャチャチャ』は、軽快なチャチャチャのリズムに合わせて、日本の伝統的なそろばんの音をユニークに取り入れた、機知に富んだ楽しいナンバーです。

 『あんたのおなまえ何てぇの』は、テレビ番組の定番フレーズとしても一世を風靡した、コミカルな掛け合いと軽妙な語り口が癖になる代表的なお笑い歌謡曲です。


●代表曲
『さいざんす・マンボ』
『そろばんチャチャチャ』
『あんたのおなまえ何てぇの』

●その他の曲
『チャンバラ・マンボ』
『馬鹿じゃなかろか』
『ああ家庭の事情!』
『チャンバラ・ブギ』
『ガタガタ・ブギ』
『愛のトニー・ジョー』
『さいざんす・ブギ』
『トニーのハワイアン』
『家庭カルテ』
『サンタクロース・アイ・アム・橇(ソーリ)』
『レイディス&ジェントルメンお目にとまりたがりの狂詩曲』

●カバー曲
 カバー曲はありません。

受賞暦・紅白出場回数
 
受賞歴

 本人が現役時代に受賞しためぼしい賞はありませんが、彼が世に送り出した言葉やスタイルは後の文化に多大な影響を与えました。

 なお、彼が亡くなった1987年の「新語・流行語大賞」では、サントリーのCMで流行した村松友視氏の「ワンフィンガー、ツーフィンガー」が大賞を受賞していますが、トニー谷自身の直接的な受賞記録は公的には残っていません。

NHK紅白歌合戦

 NHK紅白歌合戦への歌手としての正式な出場はありませんが、「応援ゲスト」や審査員として複数回出演し、番組の歴史に大きな爪痕を残しています。

 特に1955年の『第6回NHK紅白歌合戦』では、紅白の歴史上初めて「応援ゲスト」という枠が導入された際、その第1号としてトニー谷が登場しました。

 ステージで披露した得意のソロバン漫談は大喝采を浴び、これ以降「紅白に歌手以外のゲストを呼んで盛り上げる」という定番のスタイルが定着することになりました。

 その後、1963年の『第14回NHK紅白歌合戦』などにも応援ゲストとして出演しています。


その他のエピソード
 
電撃的なデビュー

 戦後、駐留軍のアーニー・パイル劇場(旧・東京宝塚劇場)で事務員などをしていた際、1949年に来日したアメリカのプロ野球チーム「サンフランシスコ・シールズ」の歓迎会で、予定されていた司会者の代役として急遽ステージに立ちました。これが大ウケし、電撃的に芸能界デビューを果たしました。

時代を作った流行語

 彼の口から放たれた「さいざんす」「家庭の事情」「おこんばんは」「バッカじゃなかろか」などは日本中で大流行しました。

 特に「家庭の事情」というフレーズがあまりにも流行したため、当時の人々は本当に都合が悪い時でも、気恥ずかしくて「家庭の事情で…」と言い出せなくなったという逸話があるほどです。

日劇への愛

 彼のホームグラウンドであった「日本劇場(日劇)」が1981年に閉館を迎えた際、サヨナラ公演に出演したトニー谷は、最後の幕が下りる瞬間に舞台の床へキスをしました。

 毒舌で周囲を煙に巻く芸風の裏に、舞台芸人としての深いプライドと愛情が垣間見えた瞬間として語り継がれています。


曲名リスト ◆〔情:歌手情報〕〔探:探索〕〔歌:歌唱〕〔英文字 ABC…Z:カラオケ〕
〔トニー谷〕 歌手本人情報 この歌手やグループの歌唱風景、カラオケ、その他情報

あ・ あんたのおなまえ何アンてエの 探索 トニー谷
さ・ さいざんすマンボ 探索 トニー谷
せ・ 世界でいちばんダサいざんすマンボ 探索 トニー谷

プロフィール ◆〔トニー谷〕のプロフィール。
〔トニー谷〕

プロフィール
〔通称名〕  トニー谷
〔本名・出生名〕  大谷正太郎
〔愛称〕
〔生誕(生年月日)〕  1917年10月14日
〔死没〕  1987年7月16日(満69歳没)
〔星座〕  天秤座(てんびん座)
〔出身地〕  東京府東京市京橋区銀座
〔出身校〕  
〔職業・ジャンル〕  ヴォードヴィリアン・司会・舞台・映画
 ・コミックソング歌手・俳優
〔所属団体〕  
〔代表作品〕  
〔血液型〕
〔身長〕  167cm
〔体重〕  
〔趣味・特技〕
〔好きなもの〕  
〔ペット〕  
〔好きな色〕  
〔好きな言葉〕