鳥羽一郎は、三重県鳥羽市石鏡町出身の演歌歌手で、父は漁師、母は海女という漁業一家に生まれ育った。
5年間ほど遠洋漁業の船員としてマグロやカツオ漁に従事し、船村徹の演歌『別れの一本杉』『なみだ船』などを聴いて厳しい船員としての生活を過ごしたそうである。
一時期、板前を志し調理師免許を取得したものの、歌手への想いがつのり27歳の時上京して、船村徹に弟子入りする。
3年後の1982年に、『兄弟船』で歌手デビューを果たしている。若い時期の経験を生かした「海の男」を歌う独自路線を開拓し、その年の新人賞をのきなみ獲得している。
鳥羽一郎の歌うスタイルは、捻り鉢巻にゴム底の長靴という独特なもので、彼の温厚で人なつこい人柄ともマッチして、日本全国で人気を博すようになった。特に、大漁旗を背に熱唱する姿に人気がある。
彼の歌には荒々しい大海原を相手に奮闘する海の男達の心意気や連帯感が心ゆくまで歌い込められ、猟師たちの仲間内に、古くからの友人のような錯覚を生み出さずにはいないのである。
自分ばかり良ければいいという時代にあって、彼は海難遺児の進学機会確保のための献身的なチャリティー活動を、既に100回近くも実施している。この立派な行為は人間として素晴らしいことであり、特記されるところである。
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