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〔歌手〕
ディック・ミネ



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ディック・ミネ


歌手概要
 ディック・ミネは、徳島県出身の昭和期を代表するジャズ歌手・流行歌歌手・ブルース歌手・ギタリストです。彼は、昭和の歌謡史に燦然と輝く「モダンボーイ」の先駆者でした。

 ディック・ミネは、幼少期から音楽好きの母親の影響で西洋音楽に興味を持ち、成長してからは立教大学に入学し、ダンスホールなどに傾倒して、アルバイトでスチールギターの演奏などしながらバンドの一員になり歌も歌っていた。

 大学卒業後には、音楽で生計を立てる決意をし、タンゴ楽団〔テット・モンパレス・タンゴ・アンサンブル〕で歌手兼ドラマーとして活躍し、それを淡谷のり子に見出され、レコード歌手の道へと進んだ。

 ジャズ・タンゴ・ハワイアン・そして股旅物・歌謡ブルースまで、その低音の魅力と抜群のリズム感で幅広いジャンルを歌いこなしました。まさに昭和歌謡界の巨人というに相応しい人物でした。

 『ダイナ』や『旅姿三人男』など、洋楽から股旅物まで歌いこなす抜群の歌唱力で一世を風靡し、戦後もNHK紅白歌合戦に計17回出場するなど長く活躍しました。

 訳詞家・編曲家として、本名の三根徳一を名乗り、第二次世界大戦中の敵性語規制の時代には三根耕一とも名乗っていました。

 彼は、テイチクレコード創世時期の有力人物であり、トーキー時代以降に日活とテイチク社が作成したミュージカル映画など多くの映画に出演していました。

 ヒット曲には、『二人は若い』『波止場がらす』『ゆかりの唄』『愛の小窓』『人生の並木路』『旅姿三人男』『アイルランドの娘』『林檎の木の下で』『ラモナ』『イタリーの庭』等がある。


歌風と特徴
 ディック・ミネは、濃密で甘く、どこか哀愁を帯びた低音のクルーナー・ボイス(囁くような歌唱法)が特徴です。戦前の日本に本格的なジャズ・流行歌を定着させました。

 立教大学在学中からダンスホールでバンジョーやギターを弾き、音楽の道を歩み始めました。彼の最大の特徴は、アメリカのビング・クロスビーらに影響を受けた「クルーナー・ボイス」と呼ばれる、マイクに声をささやくように吹き込む都会的でモダンな歌唱法です。

 抜群のリズム感と、英語・日本語を巧みに融合させたジャズ感覚を持ちながら、演歌や股旅歌謡といった純和風の楽曲も、独特の粋なセンスと哀愁漂う低音で完璧に歌いこなしました。和洋のジャンルを卓越した歌唱力で繋いだ、日本ポップス界の偉大な先駆者です。


代表曲
 


●代表曲
『ダイナ』
『夜霧のブルース』
『旅姿三人男』
『長崎エレジー』

●その他の曲
『人生の並木路』
『或る雨の午后』
『上海ブルース』
『かえり船』
『青い背広で』
『落花の舞』
『愛の小窓』
『二人は若い』
『モダンエイジ』
『雨の酒場で』
『フラのそよ風(Hula Breeze)』
『恋人よさよなら(To You, Sweetheart, Aloha)』

●カバー曲
『東京ラプソディ』(原曲:藤山一郎)
『君微笑めば』(原曲:ハリー・ウーレン)
『スウィート・ジェニー・リー』(原曲:洋楽カバー)
『黒い瞳(Dark Eyes)』(原曲:ロシア民謡)
『青空(My Blue Heaven)』
  (原曲:ウォルター・ドナルドン)
『林檎の樹の下で(Under the Neath the Apple Tree)』
  (原曲:洋楽カバー)

代表曲・その他の曲 詳細
 
●代表曲

 『ダイナ』
 『二人は若い』
 『旅姿三人男』
 『人生の並木路』
 『夜霧のブルース』

 『ダイナ』は、ディック・ミネとしてのデビュー曲であり、彼の代名詞となりました。 訳詞も本人が手がけ、軽快なスキャットを取り入れた歌唱は当時の音楽界に衝撃を与えました。

 『二人は若い』は、星玲子とのデュエット曲で、戦前の明るいモダンな世相を映した大ヒット曲です。

 『旅姿三人男』は、清水次郎長をテーマにした股旅歌謡で、ジャズ歌手でありながら、この純和風の曲を見事に歌いこなし、生涯の代表曲の一つとしました。

 『人生の並木路』は、彼が本名の「三根徳一」名義、あるいはテイチクの総力を挙げて大ヒットさせた叙情歌謡。「泣くな妹よ 妹よ泣くな…」という切ない歌詞とメロディが、当時の人々の涙を誘いました。

 『夜霧のブルース』は、戦後の復興期、上海を回想するエキゾチックなブルースとして大ヒットした曲です。

●その他の曲

 『或る雨の午后』
 『青空 (My Blue Heaven)』
 『黒い瞳 (Dark Eyes)』
 『上海ブルース』
 『二人は若い』
 『モダンエイジ』
 『長崎エレジー』
 『雨の酒場で』
 『林檎の樹の下で』
 『青空 (My Blue Heaven)』
 『黒い瞳 (Dark Eyes)』
 『フラのそよ風
   (Hula Breeze)』
 『恋人よさよなら
   (To You, Sweetheart,
   Aloha)』

 『或る雨の午后』は、ディック・ミネの都会的でハイカラなセンスが凝縮された傑作スウィング歌謡です。お洒落で哀愁を帯びたメロディは、今聴いても全く色褪せません。

 『青空 (My Blue Heaven)』は、名ギタリストでもあった彼が、軽やかに、そして朗らかに歌い上げたジャズ・スタンダードの日本語カバーです。

 『黒い瞳 (Dark Eyes)』は、ロシア民謡をタンゴ・ジャズ風にアレンジし、独特の低音でセクシーに歌い上げた名唱です。

 『上海ブルース』は、当時、オリエンタルな魅力に溢れていた上海を舞台にしたエキゾチックな名曲。哀愁漂うトロンボーンの音色と彼の歌声が絶妙にマッチしています。

 『二人は若い』は、星玲子とのデュエット。「あなた」「おまえ」とかけ合う、ほのぼのとした明るい流行歌で、戦前のデュエット曲の代表格です。

 戦前のハイカラなジャズから、戦後の渋いムードブルース、そして『旅姿三人男』のような本格的な股旅物まで、これほどマルチに、かつ一流のクオリティで歌いこなした歌手は日本の歴史上でも類を見ません。


受賞暦・紅白出場回数
 
受賞歴

 勲四等瑞宝章 受賞(1982年、昭和57年)(長年の芸能界への貢献を称えて)

NHK紅白歌合戦

 NHK紅白歌合戦出場歴は、通算で17回出場しています。

 1953年(昭和28年)の第3回に『夜霧のブルース』で初出場し、以降、1950年代から60年代にかけて常連として番組を支え、昭和を代表する大御所として計17回ステージに立ちました。


その他のエピソード
 
芸名の由来

 自身の本名「三根(ミネ)」と、当時憧れていたアメリカのジャズ・ピアニスト、ディック・ロバートソンから名付けられました。

ギターの草分け

 歌手として有名ですが、日本におけるギタリスト、バンジョー奏者の草分けでもあります。

 日本初の本格的なジャズ・バンド「ディック・ミネ・エンド・ヒズ・セパレイシォン」を率いて活躍しました。

豪快な私生活

 生涯で4度結婚し、数多くの子供に恵まれるなど、プライベートも非常に華やかで、昭和のスターらしい豪快な逸話を多く残しています。


曲名リスト 〔情:歌手情報〕〔探:探索〕〔歌:歌唱〕〔英文字 ABC…Z:カラオケ〕
〔ディック・ミネ〕 歌手本人情報 この歌手やグループの歌唱風景、カラオケ、その他情報

あ・ 愛の小窓 探索歌唱:guregoripetuku歌唱:MaakHwatsugiyanギターでつづる昭和歌謡伊藤文弥 花の都に身を拗ねて 若き命を ディック・ミネ
く・ 黒い瞳 探索 ディック・ミネ
し・ 人生の並木路 探索歌唱:光山光輝MasamiNarunaru昭和カラオケMeryl Vanderlinden夏目ロデ ディック・ミネ
た・ ダイナ~イタリーの庭~ラモナ 探索 ディック・ミネ
旅姿三人男 探索 ディック・ミネ
は・ 波止場がらす 探索 ディック・ミネ
ふ・ 二人は若い 探索 ディック・ミネ
り・ 林檎の木の下で 探索 ディック・ミネ

プロフィール 〔ディック・ミネ〕のプロフィール。
〔ディック・ミネ〕

プロフィール
〔通称名〕  ディック・ミネ
〔本名・出生名〕  三根徳一
〔愛称〕  ディック
〔生誕(生年月日)〕  1908年10月5日
〔年齢〕  
〔死没〕  1991年(平成3年)6月10日(享年82)
〔星座〕  天秤座(てんびん座)
〔出身地〕  徳島県徳島市
〔出身校〕  
〔職業・ジャンル〕  ジャズ・ブルース歌手・俳優・訳詞家・編曲家
〔所属団体〕  
〔代表作品〕  
〔血液型〕
〔身長〕
〔体重〕  
〔趣味・特技〕
〔好きなもの〕  
〔ペット〕  
〔好きな色〕  
〔好きな言葉〕