養護学校高等部で音楽での人生を決意し、幾多の困難を克服して神奈川県の洗足学園音楽大学へ入学し、在学中にテノールから女声の音域を歌うカウンターテナーに転向しました。そしてここを首席で卒業したのです。 1995年奏楽堂日本歌曲コンクールで3位入賞、1996年にキングレコードからのCD「母の唄」がベストセラーとなりました。ラジオでこの歌を聴いた宮崎駿監督が、この曲をアニメ映画「もののけ姫」のテーマ曲に起用し、米良が日本中に知られることとなりました。 1998年には、日本ゴールドディスク大賞のベスト・クラシック・アルバム・オブ・ザ・イヤー、第21回日本アカデミー協会特別賞として初の主題歌賞を受賞しています。その後、ストレスやコンプレックスなども絡んで美声が出せなくなり、5年間ほど掛けてようやく取り戻します。そして、今では、日本、韓国、ヨーロッパ等で広く活動しています。