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〔歌手〕
曽我直子

(そが なおこ)



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曽我直子


歌手概要
 曽我直子は、愛知県出身の昭和初期に活躍した日本の歌手です。東洋音楽学校を経て、帝国劇場歌劇部などで研鑽を積み、歌手としてデビューしました。

 ニッポノホンやコロムビア等のレコードレーベルで数多くの楽曲を歌唱し、ヒット歌手として名を馳せました。

 曽我直子といえば真っ先に名前が挙がる『蒲田行進曲』、不朽の大ヒット曲です。当時の大ヒット曲として現在も広く知られています。

 松竹映画『親父とその子』の主題歌(実質的な蒲田撮影所の所歌)として、テノール歌手の川崎豊とともにデュエットしました。

 原曲はルドルフ・フリムル作曲のオペレッタ『浮浪者の歌(Song of the Vagabonds)』で、堀内敬三による日本語詞を瑞々しく歌い上げています。


歌風と特徴
 曽我直子(本名:岡田田鶴)は、大正末期から昭和初期にかけて、日本のポピュラー音楽や歌謡曲の黎明期を支えた歌手です。昭和初期の流行歌の草創期に活躍したソプラノ歌手です。

 東洋音楽学校(現・東京音楽大学)声楽科で学び、帝国劇場歌劇部などの研究生を経てデビューしました。

 その経歴から確かな発声と表現力を持ち、当時のモダンな流行歌や劇中歌を数多く手掛けました。

 また、「浅香つる江」という別の芸名で活動していた時期もあります。


代表曲・その他の曲 詳細
 
●代表曲

 『蒲田行進曲』
 『沓掛小唄』

 曽我直子の最大のヒット曲であり、今日までその名が語り継がれているのは、川崎豊とのデュエット曲『蒲田行進曲』(1929年)です。

 この曲は、当時の松竹蒲田撮影所の活気を象徴する楽曲として大流行しました。その他にも、『沓掛小唄』(川崎豊とのデュエット)などが当時のヒットチャートを賑わせました。

 『沓掛小唄は、『蒲田行進曲』と並ぶ彼女の初期の代表作です。映画や股旅もので有名な「沓掛時次郎」などをモチーフにした、情緒あふれる映画流行小唄です。

●その他の曲

 『月の沙漠』
 『青い鳥』
 『金のグラス』

 戦前のレコード界ではよく見られたケースですが、彼女はレーベルによって「浅香つる江」の名義も使い分けていました。このページでは、それも含めて表示しています。

 『月の沙漠』は、加藤まさを作詞、佐々木すぐる作曲の有名な童謡ですが、昭和5年にヒコーキレコードから「ジャズバンド伴奏」という当時としてはモダンな編曲で吹き込んでいます。正統派声楽家の美しいアルト・ソプラノが堪能できる貴重な録音です。

 『青い鳥』は、ヒコーキレコードから発売された、知る人ぞ知る初期のノスタルジックな楽曲です。

 『金のグラス』は、コロムビアから発売された流行歌です。作詞は小野行人、作曲は石津豊、編曲は『蒲田行進曲』の訳詞でも知られる堀内敬三が手がけており、黎明期の和製ジャズ・歌謡曲の雰囲気を伝える一曲です。

 彼女は、当時大ブームとなった「唐人お吉」を題材にした映画主題歌のレコードにおいて、B面曲などの関連歌を吹き込んでいます(日本コロムビア)。

 曽我直子は、戦中は中国大陸や原爆投下直前の広島などへ熱心に慰問活動に赴き、戦後は音楽教室を開いてピアノや歌を後進に教え、1995年に90歳で亡くなるまで生涯を音楽に捧げました。

 現在でも戦前のオムニバスCD(『懐かしの歌声 戦前編』など)で、その美声を聴くことができるとのことです。


受賞暦・紅白出場回数
 
受賞歴

 特別な受賞歴はありません。

NHK紅白歌合戦

 当時のレコード産業は活況を呈していましたが、現代のような大規模な音楽賞制度や、NHK紅白歌合戦(第1回は1951年開催)の形式が確立される前の時期に全盛期を迎えていたため、紅白出場の記録や公式な受賞記録に関する情報は確認できません。

 彼女の活動は、レコードを中心としたメディアが普及し始めた時代の流行歌手としての立ち位置が主でした。


その他のエピソード
 
名前の混同

 特撮番組等で活躍した女優・歌手の「曽我町子」氏としばしば混同されることがありますが、両者は別人です。

 曽我直子は昭和初期の歌手として、曽我町子は戦後から平成にかけての俳優として、それぞれ異なる時代に活躍しました。

活動の場

 彼女が所属した当時のレコード会社(ニッポノホン、コロムビア等)は、日本の流行歌文化を牽引しており、彼女はその中で多くの録音を残しました。

 特に『蒲田行進曲』の録音は、現代においても当時の大正・昭和初期のレトロな雰囲気を感じさせる貴重な資料となっています。


曲名リスト 〔情:歌手情報〕〔探:探索〕〔歌:歌唱〕〔英文字 ABC…Z:カラオケ〕
〔曽我直子〕 歌手本人情報 この歌手やグループの歌唱風景、カラオケ、その他情報

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基本プロフィール 〔曽我直子〕の基本プロフィール
出身地  愛知県
生年月日  1905年
没年  1995年7月24日(享年90歳)