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〔さ〕で始まる軍歌


 〔さ〕で始まる軍歌には次のようなものがありますが、その数はとても少ないです。

 『桜井の訣別』 『索敵行』
 『西湖の月』

 『西湖の月』は、大陸、杭州の西湖付近で激戦に明け暮れた兵士たちの心境を切々と歌った曲で、兵士たちの覚悟のほどと、裏面の寂しさとを知らされます。

 『桜井の訣別(さくらいのけつべつ)』は戦前には、軍人ばかりでなく一般民衆に非常によく歌われた唱歌のひとつです。


あいうえお
かきくけこ
さしすせそ
たちつてと
なにぬねの
はひふへほ
まみむめも
やゆよ
らりるれろ
わ英数字デュエット
 
〔珠玉の軍歌〕
 
桜井の訣別
オリジナル歌唱歌唱:安倍正行高橋音楽事務所  

 この歌は、鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武将、楠木正成(くすのきまさしげ)とその息子楠木正行(まさつら)の別れの場面を歌った曲です。

 楠木正成は、足利尊氏と共に、後醍醐天皇を奉じて鎌倉幕府打倒に貢献した建武の新政の立役者として知られる武将です。

 後に足利尊氏が後醍醐天皇に反抗したため、楠木正成は新田義貞、北畠顕家とともに南朝側として戦うこととなりました。


 この際、正成は勝ち目のない湊川の戦いで尊氏と戦うこととなり最期の時を迎えます。正成は息子である楠木正行を呼び、自らは死出の戦に向かうことを告げるのでした。息子、正行は父と共に戦いたいと願うが、正成は息子は故郷に帰り、天皇のために貢献せよと諭すのです。そして正成は湊川の戦いで自害して果てます。

 『桜井の訣別』の曲は、この親子の別れを切々と歌う曲であり、『青葉茂れる桜井の』とか『大楠公の歌』などとも呼ばれています。このように、楠木正成は南朝の天皇家を助けた武将ですが、その後の南朝は四代で終焉し、現在の天皇家の系統である北朝に代わります。

 不思議なことに、現在の天皇家(北朝)からみれば楠木正成は政敵とでもいう存在なのですが、皇居外苑には楠木正成が馬に乗る勇壮な銅像が皇居の方を向いて聳えています。この銅像は、何事が起ってもすぐ駆けつけられるようにと皇居の方を向いているのです。

 幕末の時代に、尊王攘夷論が盛んになり、南朝を復活させようとする尊王論が叫ばれ、楠木正成公が尊王家として崇拝されたのです。

 実は、幕末期の天皇家に関する物語は複雑怪奇な面があるのですが、いずれにしても、楠木正成が天皇家に対する忠臣ということから、戦前までの間、『桜井の決別』はすべての国民に愛唱されてきました。

 余談となるが、湊川の戦いで最期の時を迎えたとき、楠木正成の弟である楠木正季(まさすえ)は、「7度生まれ変わって朝敵を滅ぼしたい」と述べ、正成もそれに同意し、二人は刺し違えて自害したという。幕末期には「国に報いる」の意が加わり「七生報国」の言葉が生まれたとされる。


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